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Staff Blog

Vol.799 選挙期間中のネット解禁!

投稿者:others | 2010年05月28日(金) 01:15:18

今年の夏の参議院選から、選挙期間中のホームページの更新とブログの更新が認められることになるそうです!

今までは公選法違反となり禁じられていたのですが、公選法改正案を国会に提出し、6月上旬には成立される見込みとなっています。やっぱり立候補している皆さんはネットを使って演説・選挙活動をしたいものなんですかね?違反行為についても具体例を出して決められるそうなので、ムリは禁物ですね!

更新が可能なのは候補者本人のホームページと政党のホームページだけになります。電子メールとツイッターについて、も解禁が求められたのですが、見送られることになりました。なりすましが多発して、選挙活動が良い方向に進んで行かないということです。

確かに演説を「聞く」よりは、ネットで「見る」方が理解はできるかと思いますし、波にのれば評判も上がる可能性は充分にあります。ただ、情熱は言葉でないと伝わらないかなと思います。
今回のネット解禁。波乱が一波もニ波も起こりそうな気がします。こんなことを考える、実施する時間があるのなら、その時間でもう少し国のことを考えてほしいなと国民は思っています。この「ネット解禁」自体が1つ目の波乱にならなければいいのですが・・・。

Vol.798 県内スポーツキャンプ・合宿の参加人数が過去最高!

投稿者:others | 2010年05月27日(木) 22:25:29

昨年度、県内でキャンプ・合宿を行ったスポーツ団体の数とそれに参加したお客さんの数が過去最高数を記録したそうです。
スポーツ団体は131団体で前年度にくらべ0.8%の増加、参加人数に至っては14.3%も増加の3万1180人も来て下さったそうです。
そしてその経済効果はなんと!101億6300万円にもなり、PR効果は68億6千万円に上ったそうです。
これも東国原知事が宮崎を全国の皆様へとアピールして下さったからなのでしょうか?
また、県のまとめによると時季別で最も多かったのが春季キャンプで、プロ野球、プロサッカーチーム合わせて27チームがキャンプ・合宿に宮崎を訪れて下さったみたいです。
さらに、今年初めて実施した読売巨人軍の歓迎パレードなどのおかげで、過去2番目に多い62万8千人の観客数を記録したそうです。
また、韓国、中国のプロスポーツチームもキャンプ・合宿に訪れたそうで、海外からもキャンプに選ばれるほど宮崎の気候が優れたものだと言うことがわかります。
県みやざきアピール課の話によるとスポーツキャンプや合宿の受け入れはここ数年右肩上がりで推移しているので、このままキャンプ王国宮崎の地位を維持し、さらに今以上の参加者が訪れてくださるようになれば良いですね。

Vol.797 キバナノツキヌキホトトギス

投稿者:others | 2010年05月27日(木) 01:06:21

みなさんは「キバナノツキヌキホトトギス」と聞かされて何だと思いますか?
ホトトギスと付くくらいだから鳥ではないか?
いや、何か工芸品ではないのか?と様々な予想があると思いますが、実はこの「キバナノツキヌキホトトギス」は花なんです。
「キバナノ」は黄色い花の意、「ツキヌキ」は葉の基部が茎を取り巻いているため、茎が葉を突き抜けているように見えることによるもので、ホトトギスは、この植物のグループの総称で、花びらの模様がホトトギスの胸の横縞模様に似ていることから付けられたそうです。
そして、なんとこのキバナノツキヌキホトトギスなのですが、宮崎県にしか自生していない花なんです。
尾鈴山を中心に広い地域の、湿った場所に生えているそうです。
花の時期は9月の下旬から10月の中旬にかけてだそうです。
黄色い花弁がかわいらしい花なのですが、乱獲にあってしまったため近年ではあまり見ることができないそうです。
宮崎県だけでしか見られない花なので、是非ともしっかりと保護して行ってほしいですね。
そして、いつの日かは満開に咲き乱れたキバナノツキヌキホトトギスを見てみたいものです。

Vol.796 宮崎の先覚者 “石井 十次”

投稿者:others | 2010年05月27日(木) 01:05:29

今日は 宮崎の先覚者“石井十次”についてお話させて頂きます。石井十次は日本で最初に孤児院を創設した人物と言われています。

石井十次は1865(慶応元)年4月11日、現在の宮崎県児湯郡高鍋町馬場原に生まれます。

幼児期から社会的問題への関心が高く、1882(明治15)年、医学を学ぶため岡山甲種医学校に入学すると供に岡山市に移住します。このとき、キリスト教への信仰を深め、キリスト教となります。

1887(明治20)年、病気療養と医学実地研修で診療所の代診を務める頃、診療所の隣の大師堂において、兄妹2人を連れ夫を失い生活に困っている旅の母親に同情し、その男児を預かる決心をします。ここから本格的な孤児救済運動を始めます。

1889(明治22)年、「人は二主に仕うること能わず」とのキリスト教の教えに感動し、孤児救済に一生を捧げることを決意。医学書を焼いて卒業間近かだった岡山高等学校医学部を中退しました。

1891(明治24)年の濃尾大地震では、被災して親を亡くした孤児93人を、名古屋市に孤児院を開設して引き取り、翌年に岡山孤児院に移しました。このころ、孤児院経営を寄付に頼ることをやめ完全な独立をはたすために、宮崎県の茶臼原という台地の開墾と孤児の移住を始めますが、この台地の開墾は困難を極め、一時は事業をいったん中止せざるをえなくなります。しかし、不屈の闘志で事業を再開し、広大な耕地を開墾することに成功します。
1904(明治37)年には、日露戦争で父親をなくした子どもたちを日本各地から63人を引き取り、その2年後には東北地方の凶作による孤児824人を受け入れます。岡山孤児院は50棟もの家が建ち並び、収容者数が1,200人にものぼったそうです。

「時代教育法」というものも考えていました。少年を、第一幼年時代(10歳以下)、第二少年時代(10歳より15歳まで)、第三青年時代(16歳より20歳)の三つに区切り、 さらに15人ほどの子供たちを一つのグループにして、それに一人の主婦をつける教育法になります。

孤児院の茶臼原移転がほぼ終わったわずか2年後の1914(大正3)年、今までの苦労が祟ったのか、持病の腎臓病によって亡くなります。

1926(大正15)年、岡山孤児院、茶臼原孤児院が活動を終了するのですが、1945 (昭和20)年茶臼原孤児院が、太平洋戦争の被災孤児救済を目的に石井記念友愛社として活動を再開。その後、社会福祉法人石井記念友愛社となり、児童養護施設、保育園などを運営していきます。

1981年に石井十次顕彰会(宮崎県)が設立され、1990年からは石井十次賞が創設され、毎年、石井十次の精神を継承し福祉活動に尽力している団体にこの賞が贈られています!

没後数十年経った後も、様々な施設が設立されるなど、石井十次の思いを継いでいたのですね〜。このブログを見たアナタ!!石井十次と同じ人生を歩むことが出来ますか?今の時代じゃありえないとか言い訳したいところですが、石井十次が生きていた時代でも到底出来ることではありません。精神力・頭のキレ・決断力が尋常でないと思います!そして人との繋がりに対する考え方も・・・。私に足りないものを全て持っている石井十次。学べることが沢山ありそうです。

Vol. 795 日向新しき村

投稿者:others | 2010年05月26日(水) 01:56:37

皆さんは木城町にある日向新しき村をご存じですか?決して新しい村が出来るという意味ではございませんのでご注意を!

日向新しき村は1918年(大正7年)に武者小路実篤が、人間が人間らしく生きるための理想郷を追い求め、宮崎県木城町の石河内地区に作りました。
1938年(昭和13年)にダムの建設により農地が水没することになったため、1939年(昭和14年)にその一部が、埼玉県入間郡毛呂山町に移転し、残りは日向新しき村として存続しています!つまりは、新しき村は埼玉県と宮崎県で共存していることになります。

日向新しき村へと進めていく途中に、新しき村を一望できる展望台があります。そこにある石碑に実篤の直筆で書かれた
「山と山とが賛嘆しあうように
星と星とが賛嘆しあうように
人間と人間とが賛嘆しあいたい」

という言葉があります。これは武者小路実篤が考えていた新しき村の理想です。
また、「新しき村の精神」として次のようなものがあげられています。

一、全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に成長させることを理想とする。

一、その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。

一、その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽、幸福、自由の為に他人の天命と正しき要求を害してはいけない。

一、全世界の人間が我等と同一の精神をもち、同一の生活方法をとる事で全世界の人間が同じく義務を果たせ、自由を楽しみ正しく生きられ、天命(個性もふくむ)を全うする道を歩くように心がける。

一、かくの如き生活をしようとするもの、かくの如き生活の可能を信じ全世界の人が實行する事を祈るもの、又は切に望むもの、それは新しき村の会員である、我等の兄弟姉妹である。

一、されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正しき生活にすべての人が入る事で、入ろうとすることで、それ等の人が本当に協力する事で、我等の欲する世界が来ることを信じ、又その為に骨折るものである。

自分を犠牲にしてでも人と人とのつながりを大事にするようなことが書いていると感じました。社会人になって、さらに人との繋がりを学び、大切なものだと感じました。人との“繋がり”を「生活」の一部としている。そこの住人はどのような心の持ち主なのか、自然と興味が湧いてきました。機会があれば皆さんもぜひ行ってみませんか?

Vol.794 茹でる前から真っ赤な蟹「アサヒガニ」

投稿者:others | 2010年05月25日(火) 23:15:19

みなさんは、アサヒガニと言う蟹をご存知ですか?
甲幅が15cmにほどに達する大型の蟹の一種で、通常の蟹とは全く別の姿をした珍しい蟹です。
もうひとつ、珍しいことがあり、このアサヒガニは通常の蟹のように横歩きではなく、前後に歩行するようです。(主にバックらしいです。)
名前を漢字で書くと「旭蟹」や「朝日蟹」と書かれ、これはこの蟹が茹でる前から真っ赤であることから名づけられているそうです。
宮崎ではアサヒガニの他にべニガニ、ショウジョウガニとも言われています。
また、英名ではFrog crabと呼ばれており、これはアサヒガニが縦長で前屈みになる体勢がカエルに似ているからと言われています。
日本では本州中部以南に生息しており、宮崎でも主に北浦、川南、青島、日南、南郷で漁獲されています。

気になるお味はというと、大変美味しいらしく、塩ゆでや鍋料理などで主に食べられます。
珍しい食べ方としてはグリルなんかもあるみたいです。
私も、まだ食べたことがないのですが、祝いの席などで振舞われるのでこれから先、友人の結婚式で出会えるかもしれないですね。宮崎では初夏が旬と言われ、特に5月が産卵期直前なので一番美味しいとのことです。

Vol.793 Welcome to 青島!

投稿者:others | 2010年05月25日(火) 02:58:34

今青島では、外国人の観光客に快適に観光してもらうための対策が行われています。

「青島神社」などの日本語表記の下に英語、韓国語、中国語で訳されたブルーの標識が建てられました。また、英語だけでな韓国語や中国語を話せる通訳ボランティアを育成して行く方針になっているそうです。自分がその「外国人」だと思うと、とてもうれしい配慮だと感じますね〜。

また、昨年10月には県公園協会など3団体でつくられた「あおしま観光創造社」が、改札口横に「コンシェルジェあおしま」をオープンしました!このコンシェルジェあおしまは、青島駅を利用する乗降客に宿泊先や名所などを案内してくれる職員が滞在しています。以前までは無人駅だったので、やはり不安に思う人が多かったらしいです。確かに、地図を見ようにも、キップを買おうにも、老人や外国人は不安になってもおかしくありませんもんね・・・。

数年前まではホームが分からず電車に乗り遅れる人や、ここが本当に青島なのか聞いてくる外国人が多かったのですが、今では人がいてくれるのがとても安心出来るとの声が多いみたいです。実際のところ、職員は簡単な英語しか話せないとのことなのですが、道や場所を聞いてくる質問が大半なのでなんら支障はないとのことです!

話は変わるのですが、レンタサイクルの事務局も設置されました!宮崎県総合運動公園、県立青島亜熱帯植物園、ホテル4社の6カ所と、乗り捨て専用の3カ所の合計9カ所のステーションが設置され、年間約1,600台が稼働しています。エコ、地域活性化を目的としていて、クーポン付きのガイドブックを使ったまちめぐりツアーの実施や、自転車を使ったアウトドアスポーツプログラムの提供等も提案中です!

青島には沢山の観光地があり、イベントも盛りだくさんです!運動、エコ活動の一環として、自転車で青島の風を感じてみてはいかがでしょうか?

Vol.792 初夏を告げる花 花菖蒲

投稿者:others | 2010年05月25日(火) 01:32:51

みなさんはこの「花菖蒲」と言う漢字読めますか?
正解は「はなしょうぶ」です。私は、本日のブログを更新しようと書きこむまで、この漢字がはなしょうぶだなんてわかりませんでした。
さて、そんな花菖蒲が、宮崎市の市民の森にある「はなしょうぶ園」で見ごろになっているそうです。
市民の森「はなしょうぶ園」には約160種類の花菖蒲が20万本も植栽されています。
5月上旬から咲き始め、色とりどりの花が園の一面を彩り、風にゆられる姿はとても風情があります。
また、「はなしょうぶ園」では、毎年この時期に「はなしょうぶまつり」と言うイベントを開催しているのですが、今年は口蹄疫の為に残念ながら中止になったそうです。
この「はなしょうぶまつり」のように口蹄疫の為に中止や延期されるイベントがたくさん出ています。
自分には募金を行うくらいしか出来ませんが、どうにか早く治まってほしいものです。
「はなしょうぶまつり」は中止になりましたが、「はなしょうぶ園」での花菖蒲を見学することは可能なので、みなさん是非足を運んでみてください。

Vol.791 ままこ滝の伝説

投稿者:others | 2010年05月22日(土) 21:56:39

小林市の須木村に、ままこ滝とよばれる滝があるのですが皆さんはご存知でしょうか?
正規名称は須木の滝と呼ばれる滝で、とても雄大で美しい滝です。
なぜこの須木の滝がままこ滝と呼ばれるようになったのか、それにはとても悲しい話があったんです。
その昔、須木の滝の近くには若い木こりの夫婦が住んでいました。
二人の間には一人娘がおり、親子3人で幸せに暮らしていました。
そんなある日、この家族に不幸が訪れます、ある病を母親が患ってしまい帰らぬ人となってしまったのです。
父親はまだ幼い娘を育てていくには男で一人だと無理であると考え、やむなく新しく妻を迎えました。
しかし、この新しい母親は性格が悪く、娘のことを疎ましく感じ毎日父親がいない時をねらって娘を虐めるのです。
そして、娘が6歳になったある日、野良仕事を終えた娘と母親は滝の上にある岩の上に座って滝を見下ろしていました。
いつもは娘を憎む母親がその日だけはやさしく、「しらみでもとってやろうかね」と娘を膝に抱きよせたのです。
ただ、その優しさは母親の本当のやさしさではなく、恐ろしい計画のための演技だったのです。
娘はそうとも知らず、新しい母親から初めて受けたやさしさに嬉さを感じ母親の帯の端と自分の帯を結びつけ甘えていました。
そして、ころ合いを見計らって母親は力一杯に、娘を滝壺に突き落としたのです。
しかし、滝壺に落ちたのは帯が結ばれていたので娘と母親の二人でした。
その後、人々はこの滝をままこ(継子)滝と呼んだそうです。
今も昔も、命を軽く考える人間がいます。
死んでも償いきれないような大罪人もいますが、なんの罪もない人たちの命が今も奪われています。
特に、夏場なんかは、パチンコ店の駐車場の車の中に子供を置き去りにして死なせるという痛ましい事件があります。
この、継母から愛情を受けることなく殺されてしまった娘とパチンコ店の駐車場で亡くなって行った子供たちとは同じような部分がありますね。
この、ままこ滝の伝説をしって少しでもそういった悲しい事件が減ってくれればいいなと思いました。

Vol.790 飫肥名物厚焼き卵!

投稿者:others | 2010年05月22日(土) 21:44:42

飫肥には沢山の名産品があり、その中の一つに厚焼き卵があります。知られている割には意外と食べたことない方も多いのではないのでしょうか?

知らない方のために解説を・・・いきなりですが、皆さんが持っている厚焼き卵の概念は捨てて下さい!まず飫肥の厚焼き卵はとりあえず厚いです!実物を見たわけではないのですが、普通の卵焼き器の何倍もあろうもので焼いているため、大きさも豆腐感覚で売られています!初めて見る方は驚いちゃいますよね!私も生で見たら驚きそうです。

そしてとりあえず甘いです! きめが細かく、カスタードプリンや卵豆腐のような感じと言われることが多いみたいです。写真も見た感じなんか芋羊羹見たいですよね?それでなくても和菓子にしかみえません(笑)私の知り合いの方が、最近厚焼き卵定食を食べたらしく、甘いからおかずにはむいてないと言っていました。確かにカスタードプリンの様とまで言われたらおかずとして想像はできませんね・・・。

少し前に飫肥に行こうと思っていたんですが、予定がくるって行くことが出来ませんでした・・・また改めて予定を組んで厚焼き卵を食べてみたいと思います!厚焼き卵以外の名産品ももちろんいただきます!

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